
こんにちは。今回は、多くのファンが気になっている「鬼滅の刃 柱稽古編」の話数や放送期間に関する話題について、深掘りしていきたいと思います。
テレビアニメ放送終了後、「なんでこんなに短いの?」「もしかして人気がなくて打ち切りになった?」といった疑問や不安の声がネット上でちらほら見受けられました。
確かに過去のシリーズと比べるとあっという間に終わってしまった印象があるため、物足りなさを感じたり、つまらないという感想を持ったりするのも無理はありません。
しかし、詳しく調べてみると、そこには原作のストック状況やアニオリ要素、そして次に控える劇場版無限城編への壮大な布石など、制作側の明確な意図が見えてきます。
この違和感の正体を知ることで、作品をより深く楽しめるようになるはずです!
鬼滅の刃の柱稽古編が短い本当の理由とは

アニメを見ていて「あれ、もう最終回?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。実際、私もリアルタイムで視聴していて、そのスピード感に少し戸惑いました。しかし、この「短さ」には、決してネガティブではない明確な理由が存在します。まずは、なぜ全8話という構成になったのか、その物理的な背景とデータを見ていきましょう。
打ち切りの噂は完全な誤解である根拠
まず最初に、一部で心配されている「人気低迷による打ち切り説」については、はっきりと否定しておきたいと思います。結論から言うと、これは全くのデマです。
もし本当に打ち切りであれば、放送枠の拡大などは行われないはずです。しかし、柱稽古編では以下の通り、異例とも言える放送枠の拡大措置が取られました。
| 第1話 | 1時間スペシャル |
| 第7話 | 40分枠に拡大 |
| 第8話(最終話) | 60分枠に拡大 |
このように、最初と最後で大幅に時間を延長しており、制作側の「この物語をしっかり描き切るんだ」という熱意が伝わってきます。打ち切りどころか、むしろ通常の30分アニメ枠には収まりきらないほどのボリュームとクオリティで制作されていたのが実情です。
ここがポイント
「短い=打ち切り」ではなく、重要なエピソードを濃密に描くための「変則的な編成」だったと考えるのが正解です。
原作漫画は何巻からどこまで消化したか
では、なぜ話数が少なくなったのか。その最大の要因は、「原作ストックの物理的な少なさ」にあります。アニメ制作には原作となる漫画のストックが必要不可欠ですが、実は柱稽古編に該当する原作のエピソードは驚くほど短いのです。
具体的に比較してみましょう。
- 竈門炭治郎 立志編(全26話):コミックス1巻〜7巻冒頭(約53話分)
- 遊郭編(全11話):コミックス8巻〜11巻(約30話分)
- 刀鍛冶の里編(全11話):コミックス12巻〜15巻(約30話分)
- 柱稽古編(全8話):コミックス15巻〜16巻(たったの9話分!)
ご覧の通り、過去のシリーズが約30話分の原作をアニメ化していたのに対し、柱稽古編の原作範囲はわずか9話分(第128話〜第136話)しかありません。
豆知識:アニメ化のペース
通常のアニメ化ペース(1話あたり原作2〜3話を消費)で計算すると、柱稽古編の内容は本来なら3〜4話程度で終わってしまう分量です。
つまり、8話でも「短い」と感じるかもしれませんが、制作的な視点で見れば「原作9話分を、よくぞ全8話(実質的な尺はもっと長い)まで広げて成立させた」という表現の方が正しいと言えるでしょう。
全8話でもあらすじが重要な繋ぎの物語
話数が少ないからといって、内容が薄いわけではありません。この「柱稽古編」は、物語のクライマックスである無限城決戦に向けた、いわば「嵐の前の静けさ」を描く重要な期間です。
もし、このパートを飛ばして無限城編に突入していたらどうなっていたでしょうか?
- 鬼殺隊士たちの底上げされた実力の根拠が不明になる
- 柱たちの人間関係や過去への理解が浅いまま決戦を迎えることになる
- 最終決戦でのカタルシス(感情の爆発)が弱まってしまう
派手なバトルは少ないですが、炭治郎たちが柱から直接指導を受け、強くなっていく過程や、柱同士の意外な関係性が描かれることで、後の展開に深みを与えています。物語の「タメ」を作るための、必要不可欠な全8話だったと言えます。
鬼滅の刃の柱稽古編は短いが満足度は高い

「短い」「バトルが少ない」といった声がある一方で、視聴後の満足度は非常に高い傾向にあります。特に、キャラクター推しのファンや、作画・演出のクオリティを重視する層からは絶賛されています。ここからは、評価が分かれるポイントと、それを覆すほどの魅力について解説します。
つまらないという感想と高評価の理由
正直なところ、検索候補に「つまらない」という言葉が出てくるのも理解はできます。これまでのシリーズ(遊郭編や刀鍛冶の里編)が、上弦の鬼との死闘を描いたド派手なアクション大作だったのに対し、柱稽古編はその名の通り「稽古」がメインだからです。
視聴の際の注意点
「手に汗握るバトルが見たい!」という期待値だけで見始めると、前半の日常パートや修行シーンを「中だるみ」と感じてしまうかもしれません。
しかし、高評価をつけている人たちは、以下の点に価値を見出しています。
- キャラクターの掘り下げ:普段は見られない柱たちの素顔や、隊士との交流が見られる。
- 映像美:日常シーンにおける風景や光の表現が、劇場版レベルで美しい。
- 最終話の衝撃:第8話の展開が、アニメ史に残るほどの神回だった。
特に最終話に関しては、「これまでののんびりした展開は、全てこの瞬間のためのフリだったのか!」と鳥肌が立つような演出がなされており、ネガティブな感想を一気にひっくり返すパワーがありました。
アニオリ追加で深掘りされた柱の魅力
先ほど「原作が短い」とお話ししましたが、それを補うために投入されたのが大量のアニメオリジナル要素(アニオリ)です。これに関しては賛否両論あるものの、個人的には「大成功」だったと感じています。
原作では数コマで終わっていたようなシーンが、アニメでは大幅に肉付けされていました。
例えば、以下のようなシーンが印象的でした。
- 風柱・不死川実弥と蛇柱・伊黒小芭内の連携任務(アニオリ戦闘シーン)
- 元音柱・宇髄天ゲンのド派手な鬼ごっこ稽古
- 霞柱・時透無一郎と隊士たちの交流や紙飛行機対決
これらの追加シーンのおかげで、「柱たちがどれだけ凄いのか」「彼らが何を背負っているのか」がより鮮明になりました。原作既読組であっても、「こんなシーンあったっけ?最高じゃん!」と新鮮な気持ちで楽しめたのは大きなメリットです。
映画化決定と無限城編への戦略的接続
そして、柱稽古編のラストで発表されたのが、「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 三部作」の制作決定です。これが何を意味するか、お分かりでしょうか?
テレビシリーズで中途半端に無限城編に入らず、あえて柱稽古編だけで区切ったのは、「最大の決戦を最高の環境(映画館)で見せるため」の戦略だったのです。
戦略的な意図
テレビ放送でダラダラと続けるよりも、クオリティを極限まで高めた劇場版三部作にすることで、社会現象級の盛り上がりを作ろうとしています。
柱稽古編の最終話で、鬼殺隊全員が無限城へ落下していくシーンは圧巻でした。あの絶望感と高揚感を残したまま、「続きは劇場で!」となる流れは完璧としか言いようがありません。この「短さ」は、次なる巨大なプロジェクトへの助走期間だったと捉えれば、すべての違和感が解消されます。
鬼滅の刃び柱稽古編が短いのは必然だった

まとめになりますが、鬼滅の刃柱稽古編が短いと感じられるのは、原作ストックの少なさと、次なる劇場版への接続を完璧にするための意図的な構成によるものです。
「打ち切り」などの噂は事実無根であり、むしろアニメオリジナル要素を加えて丁寧に物語を紡いだ、制作陣の愛が詰まったシリーズだったと言えるでしょう。
まだ見ていない方や、途中で見るのを止めてしまった方も、ぜひ最終話まで完走してみてください。そして、来るべき無限城編の公開に向けて、今のうちに心の準備(とハンカチの準備)をしておくことをおすすめします!
最後に:なお、放送情報や劇場版の公開時期などの正確な情報は、必ず公式サイトをご確認ください。
